キハ80 車両紹介

■日本初の特急形気動車

国鉄キハ80系気動車は、1960年(昭和35年)に登場した日本国有鉄道(国鉄)初の特急形気動車です。当時、地方の非電化路線(架線がない路線)の主役はまだ蒸気機関車でしたが、本系列の登場により、煤煙を出さず空調を完備した快適な特急列車の運行が可能になりました。1967年までに計384両が製造され、四国を除く全国各地に配備されました。

■「ブルドッグ」から優美な貫通型への進化

キハ80系は、製造時期や形状によって大きく2つのグループに分けられます。

キハ81系(初期型)特急「はつかり」用として製造された最初の26両です。先頭車(キハ81形)は、編成全体に冷暖房の電力を供給する大型発電機を搭載するため、丸みを帯びた独特のボンネット構造となりました。その愛嬌のある形状から「ブルドッグ」の愛称で親しまれました。

キハ82系(改良・量産型)1961年以降に製造されたグループです。先頭車はボンネット型を廃止し、他の車両と連結して行き来ができる「貫通型」へと変更されました。曲面ガラスを用いたスマートで優美なデザインは、その後の国鉄特急形気動車の基本デザインとして定着しました。


■ 栄光の裏にあった初期の苦難と克服

のちに「名車」と呼ばれるキハ80系ですが、決して順風満帆だったわけではありません。導入初期は、エンジン(DMH17H)の不具合などの初期故障が重なり、連続勾配での立ち往生といった深刻なトラブルも続出しました。一時期はマスコミや乗客から揶揄される事態にもなりましたが、急ピッチで原因究明と改修作業が行われ、徐々に安定した性能を発揮するようになりました。

■全国を駆け抜けた特急列車群

初期の故障を克服したキハ80系(主にキハ82系)は、1961年10月のダイヤ改正を機に本格的な全国展開を始めます。大阪と青森を結んだ「白鳥」をはじめ、北海道初の特急「おおぞら」、高山本線の「ひだ」、紀勢本線の「くろしお」など、各地で地方幹線の看板列車として活躍しました。これにより、特急列車は一部の主要幹線だけのものではなく、全国規模の身近な乗り物へと進化しました。

■ 現在も残る名車たち

キハ80系は2002年までに全車両が引退しましたが、その歴史的価値の高さから現在もいくつかの施設で静態保存されています。京都鉄道博物館(京都府)ではブルドッグ顔の「キハ81形」が、リニア・鉄道館(愛知県)や北海道の施設などでは「キハ82形」が展示されており、当時の美しい姿を今も見ることができます。

    PAGE TOP
    上部へスクロール