キハ30・35 車両紹介

昭和30年代後半、高度経済成長の真っ只中にあった日本。都市近郊の非電化路線では、急増する通勤・通学客をさばききれず、激しい混雑が日常茶飯事となっていました。この深刻な混雑緩和という重い使命を背負い、1962(昭和37)年に誕生したのが、国鉄初の本格的な通勤型気動車、キハ30・35です。

それまでの気動車の常識を覆し、客用扉を片側3箇所に設置。車内には広々としたロングシートが並び、ラッシュ時の大量輸送において圧倒的な威力を発揮しました。主要な形式として、両運転台型の「キハ30」、片運転台型・トイレ付きの「キハ35」、トイレなしの「キハ36」などが存在し、路線の需要に合わせて柔軟な編成が組まれていきました。

■ 機能性を極限まで追求した「外吊り扉」のメカニズム

本形式を語る上で、何よりも最大のアイデンティティとなっているのが、一目でそれと分かる無骨な「外吊り式の側引戸(ドア)」です。

当時の技術では、通勤型電車のように1,300mmのワイドな両開き扉を3箇所に配置し、その引き戸を車体内部に収納する構造(戸袋)を作ると、車体の強度が著しく低下するという大きな課題がありました。特に気動車は床下にディーゼルエンジンや燃料タンクを抱えているため、車体全体の剛性を保つことが極めて重要だったのです。

そこで開発陣が導き出した答えが、ドアを車体の外側につり下げるという、大胆な設計でした。戸袋を完全に排除したことで、頑丈な車体を維持しつつ広い開口部を確保。そのスマートさとは一線を画す凸凹とした独特のスタイルは、機能性を極限まで追求した国鉄時代ならではの力強い機能美と言えます。

■ 気動車ならではのロマン、異形式との「凸凹混結編成」

国鉄気動車の大きな魅力であり、本形式を語る上で外せないのが、他のさまざまな形式と手をつなぎ、不揃いな編成を組んで走る「混結(こんけつ)」の姿です。

キハ30・35は、国鉄の標準的なブレーキシステムや制御方式を採用していたため、出自や用途が異なる他形式とも自由に連結することが可能で、車両が柔軟に組み合わされました。

一世代前の丸みを帯びた一般型「キハ20系」と連結すれば、車体断面の高さや窓の形の違いが際立ち、急行型の名車「キハ58系」と組めば、格調高い2トーンカラーの中に1両だけ無骨な朱色の通勤車が混ざるという、なんとも言えない楽しい編成が誕生しました。

さらに後輩である「キハ40系」と組んだ際には、新旧の国鉄型がそれぞれのエンジン音を響かせ合って走る姿が見られました。この、屋根の高さもドアの位置もバラバラな「凸凹とした不揃いの美学」は、当時の鉄道風景における最高のアクセントであり、模型レイアウトでも最も再現したくなるロマンの1つです。

■ 大都市の喧騒から、哀愁漂う全国のローカル線へ

やがて時代が進み、主要路線の電化や新鋭車両の導入が進むと、彼らは本来の職場であった大都市圏を離れ、全国各地のローカル線へと活躍の場を移していきます。

電化から取り残された全国の日常にその姿がありました。車体色も、かつてのクリームと朱色のツートンカラーや「首都圏色」だけではなく各地の地域色と塗り替えられ、その無骨なシルエットはより一層際立つこととなります。

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